昭和52年06月29日 朝の御理解



 御理解 第64節
 「此の方は参ってたずねる所がなかった。氏子はおかげを受けて遠路のところを参って来るが、信心して徳を受けて、身しのぎをするようになれ。」

 御理解第64節を頂きます。御理解第64節、「此の方は参ってたずねる所がなかった。氏子はおかげを受けて遠路の所を参って来るが、信心して徳を受けて身しのぎをするようになれ。」と言われます。ただお参りをするお願いをする。そしてそれが願い捨てというのが今の、金光教がない以前の信心であり、まあ宗教観だったわけです。神様は聞いてもらう、神様にお願いすると言う様な事が、まぁ神仏を対象とするところのものが多かったわけです。
 矢張りそのような宗教があって、やっぱりあのう教えを元にしたというのもありますけれども、金光教の御信心はどこまでも「参ってたずねる所がなかった」のではなくて、「参ってたずねる所」それはお伺いごとと言った様な事ではなくて、ね、「おかげを頂きたい、それならこういう心がけにならなければいけないぞ。神様の心はこうだぞ。」とその神様の心がわかって、「こう、心に添い奉る生き方になればこんなおかげになってくるぞ。」というのが神様のいわば御返事なのです。ね。
 だから一つの事柄を通して、自分が深められるだけではなくて徳を受ける。力を受ける。いわゆる「身しのぎをするようになれ。」と仰る事は、ね、お徳を受けると言う事です。力を受けると言う事です。「そういう信心をさして頂いて、身しのぎの出来るようになれよ」と教えておられるのがこの御教えです。ですから皆さんこうやって御理解を聞いて下さる事は、神様がお心を、いわば開いて頂いておるようなものですから、ね、そのお心を頂いて、そのお心に添うあり方。
 自分の思い違い考え違いの間違いを悟らして貰うて、改まってお願いをしていくという信心なんです。昨日は竹葉会でございました。もう大変皆さん熱心な共励が、研修がございました。本当に皆さん一人一人素晴らしい、まぁ時間がありませんから、昨日も半分位の方達が発表したんだったんですけれども、それにそのう修行生も加えてからの研修でした。昨日初めてお参りしたわけではないけれども、竹葉会に初めて参加したという、丁度、年配も竹葉会の方達の年配らしい。
 お話を頂いて帰りなさいと申しましたから、一緒に最後までお話を頂いて帰られて、その方が発表されたことなんです。これはもう竹葉会が始まって、もう十年にもなりますか。今日が敬親会ですが、その敬親会と竹葉会は前後して生まれました。言うなら竹葉会はその当時の、十年前の若い嫁さん達ばっかりの会です。もう今は十いくつ中嫁さんくらいの会になりましたけれども嫁さんはいないですけど。
 若い嫁さん達の会は、今梅の実会が発足しております。ですからその当時十年前の、いわゆる若い嫁さん達でしたが、始めてあそこ2、3回というものは、もう本当にあわれな話ばっかりでした。姑親との折り合いがいけないとか、その主人がどうとか、ね、と言った様なもう本当に聞くも涙の、と言う様なお話ばかりでした。また敬親会がそうでした。もう、おばあちゃん達が話を始められると、うちの養子がうちの嫁が、もう自分が一人で辛抱して我慢をしとると言った様な話ばかりでした。
 それが段々2回、3回と回を重ねていくうちに、もう本当に自分の考え違いが分かり、そん嫁御が悪かっちゃなかった。自分が悪かった。イヤーお母さんが悪いとじゃなかった。自分が悪かったと言う様な話し合いになって来たんです。そして最近ではもう、有り難い。それこそ信心の奥がへ進んでいっとる話ばっかりが昨日、ありました。もう本当に信心ちゃ有り難いですね。
 私はどうでもだから若いそれぞれの、まっ、年配においての研修会がありますから、どうでもあのう研修をしなければ分かりません。どんなに有り難い話をただ聞いて帰っただけではつまりません。それをどうやってどう実行して、どうおかげに現していくかという事にならなければいけない。昨日初めてお参りをして来たその嫁さんも、もうですね。もう本当に言うなら哀れなお話でした。初めてだから誰でもあんなだなという、本当に十年前はこうだった。皆がこうだったなと私は思いました。
 どう言う事かと言うと、先日ある物売りに来るおばさんが、そのお婆ちゃんに「お宅の嫁さんはいっつでもよう働きなさる。もう上もしなさら下もしなさらならん。もうよう働きなさるですね。」と、もうあのうほめられましたと言う。だからほめられりゃやっぱ、自分も気分が良いし、また自分も一生懸命やっているから、まあしたらそのお婆ちゃんが言われる事がね、「今人手が無かけんで」と仰った(笑い)。「人手が無かけんでしょう事なしにしよっとですばの」ち、言う様な態度であったそうです。
 その事を話すのに、もう涙を一杯溜めちょりなさいました。はぁもう十年前のまあ言うならば竹葉会が皆こんなじゃったと、私は思いました。けれども中には元気な人がありますですね。十年前の竹葉会です。「そげんもう年寄の言う事ばっかり聞いたっちゃいかん」と、「今時は言うことを言う時はキチッと、『おばあちゃんこうですよ』と決めてやらんといかんとですよ。そっで聞かん時は叩くわけはいかんけんで、もう物でん言わんな放からけときなさい」と言う様な、元気な嫁さんもありましたよ。
 その時分にその時にだから「本にそういう生き方もあるですね。」ち皆が共鳴しよったです。それがどうですか2ヶ月経ち3ヶ月経ちするうちにです。ね。だから信心とはですね、成る程なら今のその嫁さんの話じゃないですけれどね、もう一生懸命嫁御としての務めもしよる働きもしよる訳です。それによその人がほめらっしゃたら、なら「それは人手が無かけんで」ち。それはもう実に冷たい態度で言わっしゃった。ね。
 だから聞くと「はあぁお宅の婆ちゃんちゃ、もう偉い人ばいの。」と「本当。そういう中に矢張り嫁と姑の中は、中々具合良ういかんですもんの」ち、ごたる風に返事せんならんごたる、言うならお話です。ね。所が段々信心をさして頂いて、言うならお話を言うならば頂いて帰る、御返事を頂いて帰るとです。ならそういうお届けを、もしここでされるならです、ね、どう言う事になるかというと、ね、お婆ちゃんがそういう風に冷たく出なさらなければおられない様なものが内容にあるからですよ。
 あんたが冷たく当たられるという、その冷たく当たられるのはお婆ちゃんじゃない。あんた自身にあるとですよ。そして教えを聞くとある事ある事。これじゃあお婆ちゃんが冷たく言いなさる筈だという風に分かって来るんです。そこでお婆ちゃんじゃなかった。自分と言う事が少し分かって来ると、もうお婆ちゃんが態度が変わって来られると言う様なおかげを頂いて、もう本当に2、3回前まではもうそれこそ、嫁御の悪口養子の悪口というよりも、自分がこんな立場でこんなに辛い立場に立っとるという。
 それこそそれを涙ながら、ワンワン泣きながら話されるおばあちゃんもありましたよ。ね。それが毎日毎日矢張り苦労なんです。それがもう本当に2、3ヶ月前あげな話したこつがおかしかごたる。親先生の話を頂いて「はあぁ養子じゃなかった。嫁御じゃなかった」と思うて、段々おかげを頂きよったら、もう此の頃養子が変わってからですね」と、「もう、嫁御が変わってからですね」と言う話ばっかりになって来たんです。そしてそれだけではない。
 年寄は年寄なりの信心の、言うなら奥がへ進んで行く事の楽しみな、言わば竹葉会であったり敬親会に現在なっておるという事実をね、まあぁそれが完璧と言う事ではないけれども、そういうとてもおかしいて嫁御ん悪口だん、とても敬親会じゃ言われんごつなったわけです。ね。とてもあぁそのう婆様の悪口だんとても言いよんなら、親先生にどげんおこられるやら分からんち言う様な所、まあ、具合な所かもしれませんけれども、おかげでね、段々そういうおかげを頂く様になる。
 それは言うならば、ね、「此の方は参ってたずねる所がなかった」。そこでならただ神仏にお願いして「どうぞ」、嫁御は「婆ちゃんがまちっと、本当に大人しなんなさるごと。」婆さんはこんだ「嫁御がちった」ね、「親を大事にしてくれるごと。まちっと具合良うやってくれるごと。」と言うてお願いをして帰るばっかりの信心からね、それに対する、言うならば分からん所を聞かして貰い。
 そして自分の心の上におかげの受けられない、冷たくあしらわなければならんならば、冷たくあしらわなければならない元は、こっちにあった事に気づかせてもろうて、信心を深めていく。昨日はまあぁ色々お話を、本当に感心する話ばかりでしたけど、昨日は会長であります秋永先生の奥さんが、こんな発表をしておりました最後に。「昨日のご理解を頂いて、言うなら命をかけると言う事でしたね。
 例えば久富繁雄さんところの国雄さんが、毎朝2時半に起きて、しかも3時には出発して、北九州の市場に野菜を出しに行きなさる。そのためには前の日から、ちゃんと用意をおさおさ怠りの無い所の準備をしといて、あくる日はご飯食べてすぐ行かれるようにしてある。しかもそれが毎日ですよと言う事です。なら今日は4時頃か5時頃から行こう」と言うたら、もうおやその日のセリには間に合わん。そしてしわ枯れて来たら、もうあくる日は値が落ちる。
 いや買う人も無いかも知れん。言うならばそこに生活ガかかっておるというだけで、それだけの事がやってのけられるじゃないですか。まして信心とはあの世にも持って行け、この世にも残しておけれるという、今日の御理解で言うなら、身しのぎが出来れる程しのお徳の受けられる信心を稽古さして頂いておると言う事なんですよ。ましてやならここの修行生の方達の場合なんかは、その事だけに専念しておるんですよ。それに朝の御祈念を起きりが出来んと言った様な事ではです、ね。
 言うならばお百姓さんの野菜出ししなさるというよりも、まだつまらん。新聞配りの少年が、キチッと朝4時には新聞取りに、昔は行っておった。盆も無からな正月も無い。これをやってのけておった子供でも。それが出来んと言う。そしてお道の教師になってるなんてん、言うならおこがましい話だよ。と言うようなまあ話でしたね、昨日のご理解は。だから言うならば、信心とはあなたにとってどう言う事か。ただお願いをするだけが信心ではなくて、ね、信心とは合楽とは私にとって命だ。
 いや命以上だと言う人もあるだろう。ね。言うならば命をかけると言う事は一生懸命ということだ。一生懸命になりゃあ、出来ん事ない事を出来ん。言うならば命をかける。片一方は生活がかかっておる、片一方は命がかかっておるという位な生き方をしたら、信心はもう見易うして、有り難うして嬉しゅうして、しかも愉快に出来るのが信心だ。「合楽理念は、そういうおかげの頂けれる道を、誰でも分かるように説いてあるのだ」と言う話を、昨日、聞いてです。
 秋永先生の奥さんが言われる発表された事の中に、成る程と思ったんです。ね。と言うのはです「私が命をかけます」と、神様に言うても「お前のような命は要らん」と言わるるならどうするかじゃん。だからこの命自体が光輝くような私にならなければ、いくら命をかけられても駄目だという発表をしました。「あんた言う事だけはむごい言うもんな。」ちから、まあ言うた事でした。ね。やっぱり魂を清め、清めた上にも改まった上にも改まって、そしてその命を捧げるとか、ね。
 かけるとか言う事になった時に、始めて私は本当の信心が頂かれると。昨日うちの修行生の方達にも、2、3、発表して貰いました。前に私が質問を致しました、あなた方がここで一生懸命、こうやって信心修行させてもらいよる。これは親の私からみると、まあ手誉めじゃなかばってん、うちの修行生は一人一人にやっぱり素晴らしいものを持っておる。神様が白羽の矢を立てなさった筈だと思うようなものを持っておる。だからそういうものが光だしてきたら素晴らしかろうと思うけれども。
 またこれ一つの親心で、ね、それこそ、「這えば立て、立てば歩め」というその親心が、ね、「マチーッとこうゆう風になってどうの」。「もう少しこの所考えたらどうか」と言う様な事も言うけれども、まあそれぞれに良いものを持っておるが、「あんた方がここで修行させて頂いておる、その修行の中で一番辛いと思う事はどう言う事か」と、私は質問しました。したらある修行生は「もう、朝起きがもう一番辛い」。だから、ね、「一番、自分が辛いと思う事に、取り組む事が信心だよ」とが申しました。
 自分は朝起きが出来ん。けれどもならお道の取次者として、いやこれは金光様の信心と言うても良いです。朝の時間を大事にしきらなかったら、本当のおかげは絶対生まれて来んです。金光教は、もう朝の朝参りからと言われておる位ですから。もう第一金光様が何十年間という、なら朝のあのう御神勤のご様子に神習せて頂くというのが、金光教ですから。ね。だから本当のおかげは、朝の時間を大事にする。だから朝の時間は昼の時間の、朝の1時間は3時間にも4時間にも匹敵する程しに素晴らしい。
 朝の御祈念に眠りこけとった様な事じゃ、つまらん。朝の1時間のあのう言うならば、御祈念。言うならば心行を大事にしなければいけない。それに言わば朝起きが一番辛いと言うならその辛いと言う事に、本気で一つ取り組んでそれこそ、ね、国雄さんじゃないけれども前の晩からちゃんと、明日の朝が機嫌良う気分良う目覚ましが出来るように、お願いしとかなきゃいけないよと、もうこれはお道の教師の、もし朝起きが出来んと言うなら、致命的だよと私はいっちょ話した事でした。ね。
 中にはこれは或る教会から修行に来ている方なんです。ね。「何が一番辛いか。」と「もう今までの身に着けてきた信心をです、もう無理やりにも引き剥ごう肌を剥ぐように剥ぎ取られた事が一番辛い。」と言いました。私はもう初めて聞いて「そうかな」とやっぱ思いましたです。長年それこそ親教会で、また御本部で修行させて頂いて、もうここまでは分かった。だからこれから先分からん所を、合楽に求めて来たわけです。
 ところが合楽に来たら、「もう根本から今までの信心は、もう捨ててしまえ」。これをしかも剥ぎ取られるように。もうこの頃から朝の御祈念に大変、まあ合楽独特の御理解を頂いてまあ言うなら、非常に激しい御理解でした。その(?)の先生が出て来とりませんもん「どうしたの」ち、聞いた所が、もう今朝の御理解を頂いてもうショックで、ね、寝込んでしもうとります。という位に矢張り真剣に考えておると言う事なんですよね。そんな発表してます。
 この間から今のね、そのう朝起きは辛いと言ったり、まあ言うなら剥ぎ取られる信心が、と言う事はこれは皆さんでも同んな事故とです。ね、昨日文夫さん所の嫁御が発表しとりました。もうこの頃から、あのう強盗が入ってですね、私昨日そこの所を初めて聞かせて頂いたんですけれども、その晩に限って大払信行をしとらなかったそうです。主人は丁度京都に行っとりますから、もうなおさらしなきゃならんけれども、ただちょっと転寝してから、目が覚めた時には4時じゃったそうです。
 「いやぁしもうた。今から起きてから大祓信行をしよう」と思って目覚めたと胸元に出刃包丁が突きつけられたと一緒じゃったげな(笑う)もうそれこそもうびっくりして、まっどげんして起きて、どげんして次の部屋まで、そん泥棒を押しやって行ったか自分でも覚えが無い。そして次の部屋まで行ってから腰が抜けてたと。ベターッと座ったその勢いにまあびっくりしてから、その泥棒はまあ逃げたとこういうわけです。ね。
 私はその時あのうそこん所は聞いとらじゃったけども、「あんたがその大払信行を忘れとったつば思い出してから、『サア今から大払信行しよう』という、その心がやっぱおかげ頂いたつの基ばい」と、私は言うて話しました。ね。そして今朝方からこういうお夢を頂いたというのです。ね。文夫さんがそのう事故を起こしておる。で相手の人を轢き殺しておる。それでその人の家にお悔やみに行かなきゃいかんけん夫婦二人で行こち言いよる。所が「こげなおかげは無い。
 こげなおかげは無い。もう俺もおかげ頂いたけれども、先方の家も御霊さんもこれでおかげ頂く事になる。もうこげな有り難か事は無い。」と言うてもうニコニコしとるから、「そりゃあなたが自分でそげな事故起こしといてお悔やみ行くとに、あなたがそんなにニコニコしとんなら、わたしゃ付いて来ん。」てこう言うた。「そげなこつがあるもんか。こげな有り難いこつがあるもんか」と言うて、まあ夫婦で言い争いながら、ある所まで来たところが、「こちらに行けば合楽行き」と書いてあったげな。
 で「こちらに行けば常識」と書いてあった。(常識ちゃね、常識が有るとか無いとか言いますよね)そいで私としてはそのお夢を頂いて、自分が主人の言う事を聞かんから、(私は久しぶりであんな言葉がほんにあったなと思うて思い出したんですけれども、言うことを聞かん者の事を「常識もん」ちゅうでしょうが、「はぁあんやつは常識もんだから言うことを聞かん」ち)だから自分が主人の言う事を聞かん常識もんだから、神様が合楽の方へ向かえと言いよんなさると私は悟ったという話をしなさった。ね。
 金光様の御信心というのは、確かに非常識な所があるです。ね。けれどもそれは非常識では無い、私に言わせると超常識なんです。ね。だからその超常識の、ね、例えばね「金光様の信心すりゃあ、どうしてあげんぼうけんならんじゃろか。」と言う様な所がありましょうが。して言うならば、普通の道徳的な話とか修養的な話とは全然違うでしょうが。信心の話というのは、ね。むしろそれとは反対の事すらあるんです。ね。ですからね言うならばその非常識な、言うならば信心。
 それを私共はあぁ超道徳とか超常識とか言うふうに呼んどります。だからその超常識のところのとを抜かせて頂くとです、ね、普通の常識から言うたらです、もうそれこそもう、相手はそのう轢き殺しとるのですけん、しらごと涙でん流してからでん、お悔やみ行かにゃん所じゃった。これが常識です。けれども本当の事を言や、「自分が不調法して事故を起こして、こう言う事になったけれども、これは天地の親神様の大きな働きの中にあるのだから、これはお宅もこれからおかげになりますよ。
 死んだ御霊もこれは私が、ね、その事故を起こした本人ではあるけれども、私であって良かった。とここに御霊様の助かられる道がありますよ。」と言う事を確信しとるから、笑おうと思わんでも、笑えて笑えてくるわけなんです。ニコニコしてきたわけなんです。ね。佐田の奥さんが火事のお届けに来てから、「もう先生本当におかげを頂きました。」ちゅうてから、もう笑いよるから「何事か愉快なこつがあったか」と思ったら、ハッ倉庫が丸焼けだった。ね。
 ここはねだから、常識的に考えたっちゃ分からんです。佐田さん(?)の心は分からんです。文夫さんが心は普通の者じゃ分からんです。ね。先日久留米の共励会、どこの共励会やったでしょうか。文夫先生が出とりましたから、あのう司会をする先生が「文夫先生、合楽理念について少し語って下さい。」と言うて言うた。したら文夫さんがどう言う事を言うかというと、「合楽理念というて言うならば、箇条書きに色々述べる事、内容と言う様な事は私しゃ説明しきらんけれども。
 私は自分の言うておる事、行うておる事が、そのまま合楽理念と信じとる。」と言うた。また「本当にそうだ」と私は思うたです。ね。だからこそ例えば、そう言う事故を起こしても、それこそニコニコしておると。だから嫁御の方は「そんな信心には付いて行ききらん」と言うたけれどもそういう時でも、なら常識せんで主人が行くち言いよるけんで、素直に付いて行くという生き方にならなければいけないと言う様な発表を、昨日しとりました。もう一人一人のね、その体験発表が素晴らしかった。ね。
 中にも例えば今日、皆さんに聞いて頂いておる、ね、「此の方は参って訪ねる所が無かった」けれども、皆んなは遠路の所を言うなら、工夫をして様々にきつい所もそれをおして、こうやってお参りをして来るけれども、帰りにはこうして神様の、ね、言うなら直接のお話が聞いて帰られると言う事は、有り難い事ではないか。その有り難いお話を答として頂いて帰って行じて、ね。
 それを表わして、ね「身しのぎ出来るような信心にもなれよ」と教えておられるわけであります。ね。「身しのぎ」と言う事は、ね、お徳を受ける。そのお徳を受ける内には普通から言うたら非常識と思われる様な事もあります。けれども神様を信じ切っての生き方の中には、ね、とても説明が普通で出来ないような、言わば超常識ですから、非常識にそれが見える様な場合もありますけれども。
 信心の道とはそういう道なんです。ね。そしてなら具体的に申しますならばです「私は」ね、「こういうむつかしい姑親を持って、この様に難儀をしております。」と嫁さんが言うたら、「あぁほんに気の毒なのう。あんた方の婆さんがろくな人じゃなかもんの」ち、言うてやらにゃならん感じがするけれども、信心はそうじゃない。ね。「婆さんから冷たく当たられなきゃならん基は。あなたにあるんですよ」と、分からしてもろうて、それを本気で「ほんにある。ある」。
 こちらがそういうものがないように、ある事が分かっ、そして行ずると、もう手の平を返すように、お婆ちゃんがこの頃、良くなんなさったと言う様な体験が生まれる所からです、ね、竹葉会又は敬親会の十年前と十年後の信心を、今日聞いて頂きました。ね。それが内容です信心の。そう言う事を愈々身に着けていきながら、ね、いわゆる「身しのぎ」の出来るような信心に進んでいかなければならんのであります。
   どうぞ。